墨汁の希釈水は頂きの極み
どもっ!ゆめの木です( ͡° ͜ʖ ͡°)
日曜日ですね〜。普段外回りのお仕事をしているので休日モードの時は、あまり人と話がしたくないんですね。で、そんな時に割と困るのがご近所付き合い…
町内行事は割と多いので、休日でも打ち合わせとかで人と会う時もあります。実は私…かなりの人見知りで対人となると、どこかで心のブロックをしている自分がいます。本当はいつもテンション高めで居たいと願う自分も居るんですがね( ͡° ͜ʖ ͡°)
と前置きが長くなりましたが今日のテーマを書きます。今回のタイトルは???だと思います(╹◡╹)
墨汁の希釈水は頂きの極み
なんじゃらほい?そんなタイトルではありますが、人間って凄い!!という事です。何年か前か忘れましたがテレビ番組で、とある鉄工所の職人さんの番組がありました。
金属プレートの厚み
精密部品の加工をする、この道何十年にもなるベテランの職人さん。なんと金属研磨の工程で金属の厚みの感覚が分かるそうです。0.01ミリの世界の厚みが分かる。精密部品となればプレート面全てにおいて均一な厚みでないと組み込んだ際の接している他の面が削れていき、金属カスが出ることによる詰まりや、不具合が発生してしまいます。これらの厚みが感覚で分かってくる。とても凄い事です。
凄まじいブレイクダンス
この動画は有名な動画だと思います。
最初見た時は衝撃でした(゚д゚lll) なんだこの動き!?…人間ってこんな動きも出来るんだ。凄い!!
職人さんにしてもダンサーにしても共通して言えること。
その道で相当努力している
私のような素人目線でさえも、職人さんも見習いの時はドキドキしながら加工したり、誤って怪我をしたり。ダンサーも最初はギコチナイ動きをしていた時もあったのでは、と想像を膨らませる事ができます(╹◡╹)
さて、ここからタイトルの本題に入ります。私も長く続けている習い事があります。ある先生から言われた内容がとても印象に残っています。
私自身と言う名の大きな壷があります。
※この壷は自身の器の大きさという解釈ではありません。
そして壷の中に墨汁を1本入れます。
この状態を初心者と言います。
壷に稽古と言う名の透明な水を何回も何回も注いでいきます。
水を注ぎ続けて壷が満水になった状態を初段(有段者)と言います。
さらに水を注ぎ続けます。注ぎ続けていけば墨汁は稽古水によって透明感を増していきます。
満水の上に注ぎ続けていくので墨汁、水は外に溢れていきます。
捨てる勇気
習い事は捨てる勇気も必要だと言います。最初習って正しいと思っていても、自己向上による解釈の違いで別の事が正しいと思い直す時があります。外に溢れて出る水は、捨てているのです。
墨汁に水を注ぎ続けていても
どのような人も生涯をかけて壷に稽古水を注ぎ続けていても稽古水100%になる事はありません。
稽古水を注ぎ続けても墨汁が0.01%なり残っています。
0%を目指す事が生涯稽古の意味
どのような達人でも100%の透明水ではないのだと言います。生涯をかけてゼロを目指せること。0.00…と下二桁、三桁の感覚が研ぎ澄まされていくこと。目指し続けられる事が飽きを感じさせず生涯続けられる喜びなのだと。
私には自信がありません。努力したと思っていても自信が持てません。ただ生涯を終えるまでに何か1つ、自信を持てたと実感を得れるよう今の習い事に励みたい(╹◡╹)
ではまた( ͡° ͜ʖ ͡°)